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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)4245号 判決 1968年5月29日

原告 石田真一郎

右訴訟代理人弁護士 秋山英夫

被告 同栄信用金庫

右訴訟代理人弁護士 山崎保一

同 伊藤哲郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金六三一、七〇六円およびこれに対する昭和四二年五月二三日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、原告は別紙第一目録記載の為替手形および小切手各一通の所持人であるが同手形等が不渡になったので昭和四二年二月二日その振出人等である小宮食品工業株式会社(旧商号小宮化学食品。以下訴外会社という。)を被告として東京地方裁判所に対し手形訴訟を提起し、同年三月二三日原告勝訴の判決を得た。

二、そこで、原告はみぎ手形判決の執行力ある正本に基き同年四月二日同裁判所に別紙第二目録記載の債権(以下本件預託金債権という。)に対する差押ならびに転付命令を得、同命令正体は第三債務者である被告信用金庫に同月七日送達された。

三、よって、原告は前項の転付命令に基き、被告に対し本件預託金債権額六三一、七〇六円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四二年五月二三日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べ、被告の抗弁に対して、「抗弁事実第一、二、四項中被告主張の日時に相殺の意思表示がなされたことおよび被告の貸金残債権を金二一五、二一九円の限度で認めるもその余は不知。同第三項の事実は認める。」と述べ、抗弁として、

「一、仮に被告が訴外会社に対して金一、二五五、四〇一円の貸金債権を有するとしても、本件預託金債権を受働債権として相殺することは許されない。

二(一) 即ち、これより先訴外会社が本件手形についてなした不渡につき、被告が不渡処分を免れさせるべく社団法人東京銀行協会(東京手形交換所。以下東京手形交換所という。)に対してした同処分に対する異議申立の保証金として同協会に提供したいわゆる異議申立提供金はなるほど東京手形交換所の内部規則である東京手形交換所規則(以下交換規則という。)のうえでは、手形振出人である訴外会社が本件手形の不渡につき支払銀行である被告に対し、異議申立をなして貰うべく提供した本件預託金債権と同額の金員(以下本件預託金という。)とは別個のものであるとされている。しかしこれは単なる内部規則のうえのことにすぎず、少くとも原告その他第三者との関係においては、預託金と異議申立金とは法律上同一のものと解すべきである。

(二) これを換言すると、交換規則によれば不渡処分に対し異議申立をなしうるのは東京手形交換所の加盟銀行である被告(支払銀行)であるとされているけれども、不渡処分によって実際不利益を蒙るのは手形債務者であるから、加盟銀行ではなく手形債務者が異議申立権を有し、加盟銀行たる支払銀行はその使者乃至は代理人として異議申立をするにすぎないと解する。このことは、交換規則によれば異議申立をするのは支払銀行であるとされているが実際には手形債務者が支払銀行に預託金を提供して異議申立をすることを委託した場合のみに行なわれていることおよび委任を受けた場合は必ず異議申立がなされていることからも明らかである。

(三) 而して、異議申立提供金は不渡手形の債務者が当該手形債務者の手形債権を担保するため、手形債権相当額を手形交換所に対して供託したものである。

(四) したがって、本件預託金債権は担保としての性質上、被告はこれを受働債権として相殺することは許されない。

三、仮に担保でないとしても、被告は訴外会社の委任を受けて東京手形交換所に対し異議申立をなしたものであり、受任者である被告が自己の貸金債権をもって相殺することは、委任事務完了後委任者に引渡すべき金員をその完了前に自己のために消費することになり、受任者の恣意により異議申立提供金を喪失させ預託者である訴外会社を取引停止処分に追い込むことになるから、委任事務処理の趣旨に反し許されない。」と述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因事実はすべて認めると述べ抗弁として、

「一、被告は昭和四一年六月一一日訴外会社との間に金融取引契約を締結し、これに基き同日訴外会社に対し、金三、〇〇〇、〇〇〇円を弁済期同四二年三月三一日但し、訴外会社が支払を停止したときは何らの通知催告を要せず当然に期限の利益を失い貸金を一時に弁済する約定で貸付け、同月一五日当時訴外会社に対し金一、二五四、五〇一円の貸金残債権を有していた。

二、ところが、訴外会社は昭和四二年三月一五日支払を停止したので、みぎ約定により貸金債務につき期限の利益を失い、同日その弁済期が到来した。

三、ところで、被告はそれ以前本件手形につき不渡処分の猶予を求める為異議申立をなすことを訴外会社から依頼され本件預託金を受入れたうえ、交換規則の定めるところにより東京手形交換所に対して異議申立提供金を提供して異議申立をなしたが、訴外会社がこれとは別個の手形不渡により銀行取引停止処分に付されたので、これも交換規則の定めるところにより昭和四二年三月二七日東京手形交換所から被告に対し異議申立提供金が返戻されたので、同日本件預託金返還債務の履行期が到来した。

四、そこで被告は昭和四二年四月八日付の内容証明郵便をもって、本件預託金債権を転付命令により取得した原告に対し、前記貸金残債権金一、二五四、五〇一円を自働債権とし本件預託金債権金六三一、七〇六円を受働債権としてその対当額において相殺する旨の意思表示をなし、みぎ書面は同月一〇日原告に到達した。

よって、本件預託金債権は相殺により消滅した、」と述べ、原告の再抗弁に対して、「一、不渡処分に対する異議申立の手続は、被告加盟の手形交換所の交換規則に基き、支払銀行である被告が不渡手形金額相当の現金とともに異議申立書を提出して行なったものであることは原告もこれを争わない。

而して、交換規則は加盟銀行間の取決めとして、これのみを規制するものであるから、みぎ異議申立も支払銀行である被告が東京手形交換所の加盟銀行としてなすものであって(交換規則によれば提供金の提供者も返戻を受ける者もともに支払銀行となっている。)、支払銀行が異議申立をなすかどうかはこれが手形債務者とは独自の立場で判断し、不渡の事由が手形債務者の信用に関しないと認めた場合に限り行なうものである。したがって、支払銀行が異議申立をなすに際し手形債務者から異議申立提供金と同額の金銭の預託を受けたとしても、そのことによってただちに支払銀行が手形債務者の使者乃至代理人として異議申立をなしたことおよび異議申立提供金が手形債務者の提供する預託金と法律上同一のものであるということにはならない。

二、また、異議申立提供金は不渡が手形債務者の信用に関せさることを証明する実質的保証となるものであって、法律上は手形債権者に対し不渡手形金の支払を担保するものではない。(このことは交換規則によれば東京手形交換所は支払銀行に対し、当該不渡手形の事故解消前においても、他の手形の不渡により手形債務者に対し銀行取引停止処分がなされたりあるいは異議申立を行なった日から三年を経過したときは、その提供金をただちに返還することになっていることからも明かである。)」と述べた。証拠<省略>。

理由

一、請求原因事実については当事者間に争いがない。

二、そこで被告の抗弁について判断する。

(一)  <証拠省略>によれば、被告信用金庫は訴外会社との間に、被告主張の日、その主張どおりの内容を有する金融取引契約を締結し、同日訴外会社に対し金三、〇〇〇、〇〇〇円を貸付けたこと昭和四二年三月一五日訴外会社が被告に対し支払停止をしたことおよび当日における貸付金残高が金一、二五四、五〇一円であったことが認められる。とすれば訴外会社はみぎ金融取引契約の約定に従い、みぎ貸金残債務につきただちに期限の利益を失い、みぎ残債務につき同日弁済期が到来した。

(二)  ところで、被告が訴外会社に対して負担する本件預託金返還債務の履行期は、被告が東京手形交換所に提起した異議申立提供金が返戻された日である同月二七日であることおよび被告が同年四月八日付の内容証明郵便をもって、本件預託金返還債務より先に弁済期の到来した前記貸金残債権を自働債権とし、原告が転付命令により取得した本件預託金債権を受働債権としてその対当額において相殺する旨の意思表示をなしみぎ金員は同月一〇日原告方に到達したことは当事者間に争いがないところである。

三、然らばみぎ相殺は転付命令に優先し本件預託金債権はこれによって消滅したものとすべきところ、原告は本件預託金債権が性質上受働債権となすべからざるものである旨主張するので、次にこれについて考える。

(一)  原告の主張の要旨は、「支払銀行は手形債務者の単なる使者乃至代理人として異議申立をするものであって、異議申立提供金は預託金と法律上同一のものと解すべきところ、預託金即ち異議申立提供金は手形債務者が手形債権を担保する為手形交換所に提供するものであるから、これを担保の目的に反して支払銀行が相殺の用に供することは許されない。仮に手形債務者と支払銀行とのみぎ関係を委任契約と解しても、相殺は委任契約の趣旨に反するから許されない。」というにある。

(二)  しかし、<証拠>によって明らかなように、交換規則は東京手形交換所の加盟銀行間の内部規則であるから、いわゆる不渡処分も手形債務者を直接拘束するものではなく、交換規則第二二条により加盟銀行が不渡処分の対象となったものとの取引をしてはならないという不作為義務を負う反射的効果をいうのであって直接不作為義務を負う支払銀行は手形債務者の利害と異る独自の利害をもつものと解される。そこで、交換規則第二一条において、異議申立をなすかどうかにつき支払銀行が手形債務者とは独自の立場において判断し、不渡の事由が手形債務者の信用に関しないものと認めた場合に限り行なうものとされていることは充分理由がある。

(三)  次に、<証拠>によれば訴外会社は被告に対して異議申立提供金相当の預託金を提供し、取引停止処分猶予のため異議申立をすることを依頼し、被告は交換所規則第二一条に基いて異議申立をしたところ、訴外会社が別個の手形不渡により取引停止処分を受け、手形不渡届の通知方式と異議申立事務等取扱要領(8)B(ロ)により異議申立提供金が被告に返戻されたことが認められ、(二)の事実と合わせ考えると被告が異議申立をなすべきかどうかの判断を誤り手形債務者である訴外会社が不渡処分を受けることを余儀なくさせた場合、これにつき責任を負うかどうかは別にしても、訴外会社と被告との関係は単に被告が訴外会社の使者乃至は代理人として異議申立をするという関係ではなく、委任契約と解するのが相当である。

(四)  続いて、原告は異議申立提供金は手形債権の担保である旨主張する。いかなる意味の担保であるというのか明確を欠くがそれはともかくとしても、既に見たとおり異議申立をするのは支払銀行である被告であって手形債務者である訴外会社ではないから、その意思はともあれ被告も東京手形交換所も訴外会社と特別の契約がないかぎり預託金乃至は異議申立提供金で手形債務の支払に充当する権限も義務もないが、証人水野伝治の証言および前掲取扱要領によれば、異議申立提供金は事故解消の場合でも手形債権者ではなく支払銀行に返還され、その後において支払銀行は預託金を手形債務者に返還することになっており、また当該不渡手形の事故解消前においても、他の手形の不渡により手形債務者に対し取引停止処分がなされた場合あるいは異議申立の日から三年間経過すれば支払銀行に対し提供金を返還することになっていることが認められ、みぎ事実から考えると異議申立提供金乃至は預託金が不渡手形の支払を担保するものでないこと明らかであって他に預託金を不渡手形債権の担保と解すべき何らの法律上の根拠もなく、またこれを担保とすべき特別の契約がなされたとの主張立証もない。

(五)  更に、原告は相殺が委任の趣旨に反する旨主張するが本件にあっては預託金の返還債務の発生期乃至履行期が異議申立提供金の返還後(即ち委任事務終了後)であることおよび相殺が預託金の返還債務の発生後になされたことは当事者間に争いがない。

四、いずれにしても相殺が許されないとする原告の主張は採用することはできないから、被告がなした相殺は有効であって本件預託金債権は被告の相殺により相殺適状のときに遡って消滅し、原告が本件預託金債権につき差押および転付命令を得たときは既にみぎ債権は存在しなかったことになる。<以下省略>。

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